けんじへ

※健司の架空の父親からの手紙です。

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健司、元気でやってっか?

お前が映画監督になるんだってうち飛び出して東京に行って何年経つかな。

あん時はこっちで教師やってる兄ちゃんと比べたりしてさ、今思えば口先でお前のプライド傷つけて本当に悪かった。
これは言い訳だが"東京"も"映画"も俺らの町ではなんだかハイカラすぎてよその国の言葉みてぇだろ。だからお前が違う世界に行ってしまう気がして寂しくてたまらなかったんだ。

バカみてぇだろ、どこに行ったって健司は俺らの大事な家族だってのにな。

でもどんなに引き止めたって無駄だってわかってたよ。
お前は家でも学校でも誰よりも大人しかったのに一度こうだと決めたことは絶対に諦めない奴だった。
そういうところは俺にソックリで、お前とぶつかる度に嬉しくなっちまうんだよ俺は。本当だよ。

だから健司が監督デビューしたって話を聞いたときも俺は死ぬほど喜びはしたが全く驚かなかった。

だってお前がいつか夢を叶えるって事を俺は知ってたからな。「遂にその日が来たのか…」なんてカッコつけて言ってさ。母ちゃん笑ってたよ。

東京の公開日からえらく遅れたけど先週やっとこっちでも封切りになったんだ。
隣町の映画館まで母ちゃんと兄ちゃんと観に行ってきた。みんなで一張羅着て張り切ってさ。

上映が終わったあと三人ともしばらく立てなかった。母ちゃんも兄ちゃんもハンカチで顔を覆っちまって葬式みたいに泣いてたよ。なんだ?俺は泣いてねぇよ。

あのうだつの上がらねぇ主人公は健司、お前だろ。すぐわかったよ。
東京行ってどんな生活してるかも知れないお前をスクリーン越しに見守ってる気分になったな。
俺が普段あんまり観ねぇ幻想的なラブストーリー(って母ちゃんが呼んでたよ)だったけど血の通ったあったけぇ話だった。

お世辞じゃなく良かったよ。誇らしいや。

けどお前は怒るかもしれねぇがよ、あの映画はお前よりお相手の不思議な美人の方が魅力的だったぜ。
お前のレンズを通して俺もあの子にゾッコンになったみてぇだった。母ちゃんには内緒だからな。

そういえば昔にお前とも一度だけあの隣町の映画館に行ったよな。
題名は忘れちまったがなかなか面白い映画だった。じゃじゃ馬の姫様が動物達を家来にして大暴れする話だっけ。

映画が終わった後にお前が珍しくでっけぇ声で「初めて本物のお姫様を見た!」って叫んだの覚えてるか?
確かにあんな綺麗な人は母ちゃん以外で見たことねぇなって俺が言ったらお前は不思議そうな顔してたな。

お前の映画を観てたらなんだか急にあの映画を思い出した。

健司はあの映画の題名を覚えてるか?知ってるなら今度教えてくれ。
あの時二人で観たお前のお姫様に無性に会いたくなっちまったからな、中古屋でビデオテープでも探してみるよ。

飯だけはしっかり食えよ。風邪も引くな。

映画館でいつでもお前に会えるけど、それでもたまには帰ってこいよ。

父ちゃんより