月下の…
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ルミエミュサロの登場し、月下の蘭の楽曲に乗せて大変艶やかなタンゴを披露した謎の美女と二人の美しい青年を裏社会ボス(?)の美女と彼女が飼う二匹の犬という架空のふんわりした設定で書いた架空のモブによる架空の行間です。
そう、つまり、すべて、あまりにも、幻覚です。
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季節外れの梅雨みたく降り続いた大雨がようやく上がり、濡れた石畳に太陽が反射していつもより眩しい朝であった。
駅の近くにあるカフェテリアのテラス席で朝食を摂るという日課を雨に阻まれていた私は3日ぶりに店へと足を運んだ。
朝早くから夜遅くまでやっているのが売りのこの店はよくあるパン屋を兼ねたフランチャイズのカフェで、特別なものは何もないが客の回転が早くいつ行っても席が空いているのが良い。
ここのクロワッサンとコーヒーのモーニングセットを食べないとなんとなく一日が始まらないようで居心地が悪いのだ。
朝食を乗せたトレーを持ってやって来た歩道沿いのテラス席はたった数日来てないだけでやけに久しく感じた。屋根はあるものの連日の雨でよく冷えたその場所は比較的混み合っている店内とは別世界のように誰もいなかった。
暖房の空気が漏れてくる出入口近くの席に上着とマフラーを身に付けたままに腰かけ、熱いコーヒーを流し込むと生き返ったように体が温まった。
ほっと息をつくと視界の端に見慣れない赤い色彩がちらついた。先ほどは気づかなかったがどうやら私以外にもこの雨上がりの寒空の下で朝を過ごす者がいたらしい。
私の席から二つ離れた歩道に最も近い場所、普段なら目にも止めないような端の席にその女性は座っていた。普段なら、と言ったのは鮮やかな色につられ顔を向けた瞬間そこから目を離せなくなってしまったからだ。
肩で揺れる綺麗に巻かれたブロンドヘア、細くしなやかな身体にぴったりと纏った真っ赤なドレス。このありふれたカフェテリアには似つかわしくないクラクラするような赤と金のコントラスト。しかしその派手な出で立ち以上に一際目を引いたのは子猫のように愛らしい顔からこぼれ落ちそうに光る大きな瞳だった。
羽根で作られた扇を思わせる長い睫毛の下、肌馴染みの良い淡い紫色のアイシャドウに縁取られてアンニュイに甘く垂れた目元は酸いも甘いも噛み分けた大人の女の色気を放ち、同時にまだ何も知らない退屈な少女のようでもあった。
彼女は道路を挟んだ向かいのビルをつまらなさそうに見つめていた。しかし真っ赤なビロードの手袋を嵌めた長い指先で行儀よく手にしたコーヒーカップを気だるげに口元に近づける仕草、物憂げな眼差しは目の前にいるはずなのにまるで映画のワンシーンを見ているかのような非現実的な美しさを称えていた。
思わず見惚れてしまっていた無遠慮な私の視線に気がついた彼女はこちらにチラリと一瞥をくれ、不快感を示すでもなく睫毛を伏せてほとんどまばたきだけの浅い会釈を交わして再びビルの方へと顔を向けた。
「さ、寒い朝ですね」
会釈を返そうと思ったが既に彼女がこちらを見ていないので仕方なく…と自分に言い訳しながら声をかける。無視されたらその時はその時だ。
「ええ、本当に」
向こうを眺めたまま表情一つ変えず彼女は相槌を打った。肯定してくれた割に厚い毛皮のコートは背もたれにかけられたままで寒そうな素振りは全くなかったが、それでも返事をくれたことが嬉しかった。
「ここには良くいらしてるんですが」
「たまに来ますわ」
「いつもお一人で?」
「…犬の散歩がてら」
「犬、ですか」
確かにここのテラス席はペット同伴が可能だったはずだが周囲に犬は見当たらない。外に繋いでいるのだろうか。
「犬達がここのクロワッサンを気に入っていますの」
彼女は私の皿の上に置かれたそれを目線で示しながら言った。人形のように起伏を欠いた表情がほんの少し微笑んだように見えた。
「それはまた…」
変わった犬ですね。
そう続けようとした言葉を遮るように二人の若い男が私と彼女の間にやって来た。
ベロア地の赤紫のスーツを来た二人組は私に目もくれず彼女の方に早足で近づいていった。突然のことに驚く私をよそに彼女は寛いだ様子で二人を見上げてコーヒーをすすっている。どうやら知り合いのようだ。
一人はチョコレート色の髪をした青年で、小柄な体格だが精悍なシェパードのような顔立ちをしていた。彼が身を屈め彼女に耳打ちをすると彼女は少し厳しい表情なった。もう一人の黒髪の青年は大柄だが柔和な雰囲気で、姿勢よく立ち二人のやり取りを見守っていた。片手にはこの店のパンのテイクアウト用の大きな紙袋を抱えている。
こちらには聞こえない程の小声で二人の青年となにかやり取りをした彼女はスッと立ち上がった。同時に茶髪の青年が椅子の後ろにかかったコートを手に取り袖を彼女に通す。まるで踊り慣れたダンスのように自然な所作だ。
私の方を向き先程と同じようにまばたきだけの会釈をして彼女は出口へと歩いていった。高いヒールを履いているのに不思議と足音はしなかった。
後ろに従えた二人の青年のうち黒髪の方の青年は迷惑そうな目で私を見ていたが彼女に倣ってぺこりとこちらに頭を下げた。茶髪の青年は先頭を歩く彼女の方を見据えたままでまるで私などここに存在しないかのように素通りしていった。
あれから何度かあの日と同じテラス席で彼女を見かけることがあった。相変わらず彼女は映画女優のように美しく退屈そうに外のビルを見つめていたが、傍らには必ず二人の青年のうちどちらかが、もしくはどちらもが私に背を向け壁を作るように座っておりとても声をかけられるような雰囲気ではなかった。部下かボディーガードなのだろうが私が良く思われていないことは確かだった。
店の向かいのビルのオーナーが不審死で発見されたニュースが流れたのはもう上着が必要でなくなりはじめた季節である。
いつも眺めていた景色の中でそんな恐ろしい事件があって彼女はさぞショックだったのだろう。それ以来あの三人が店に訪れることはなかった。
話など出来なくてもそこにいるだけで色香を纏わせ凛と咲く蘭の花のような姿を見られなくなるのはとても残念に感じた。
そういえば彼女がいつも散歩に連れていたはずのクロワッサンが好きな犬はついに一度も見ることがなかった。
おわり
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カフェでモブおじが話しかけてくるの気持ち悪すぎて書きながら蕁麻疹が出ました。投獄されて欲しい。